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posted by アンクル・トム | 日記


レインボーブリッジのテンプレート公開します

レインボーブリッジの写真をタイトル画像にしたブログテンプレートを公開します。

使い方がわからない方もいると思いますので後日使い方を解説しますが、わかる方はどうぞお使いください。

それぞれの記事に日付を表示しない記事HTMLとサイドバーの最新の記事HTMLを添付しています。
また、画像もオリジナルサイズのものも入れましたので好きなように編集ください。

念のため申し添えますが権利等は何も主張いたしません。
尚、画像は無料で公開されているものを利用しています。

↓ クリックして「保存」してください
posted by アンクル・トム | Comment(0) | ブログテンプレート


「森高千里」の「見て」

森高 千里(もりたか ちさと)は、歌手、作詞家、作曲家、ドラマー。身長161cm。血液型O型。所属事務所はアップフロントエージェンシー。愛称は「森高」、「ちーちゃん」。九州女学院(現・ルーテル学院高等学校)→堀越高等学校卒業。 夫は俳優の江口洋介。一男一女の母。

【森高 千里】

出生名 江口千里(旧姓:森高)
出生 1969年4月11日(39歳)
血液型 O型
学歴 堀越高等学校卒業
出身地 日本熊本県
職業 歌手、作詞家、作曲家、ドラマー
担当楽器 ドラム
キーボード
ギター
リコーダー
事務所 アップフロントエージェンシー
共同作業者 斉藤英夫

大阪府に生まれ、幼少の時期に熊本県(両親の出身地)に移り、熊本市で育った。

芸能活動を開始する前の高校生当時、当時組んでいたバンドではドラム担当だった。ボーカルは本来得意ではなかった。

1986年、大塚製薬・ポカリスエットのCMのヒロインのオーディションに合格(グランプリ獲得)、芸能界デビュー。このポカリスエットのCMでは名前の似たコピーライター糸井重里と共演し、話題となった。

デビュー曲『NEW SEASON』は、東宝映画『あいつに恋して』の主題歌。パーカッションを叩きながら歌うというスタイルは、当時ヒットしていた「プリンス」ファミリーのシーラ・E(Sheila E.)と同じである。デビュー当時はTVのバラエティ番組で着ぐるみをかぶったり、作詞家の作った歌と自分の性格が合わなかったり等、疑問を感じていた。しかし、初めてのライブで音楽の楽しさを知り、事務所と相談して音楽活動一本に絞った活動をしていくこととなる。

1989年、シングル『17才』(南沙織のヒット曲のカバー)が大ヒット。数種類のカラーのMパンツ、ミニスカートや総スパンコールの衣装と振付で話題を呼んだ。また、「森高フィギュア」なるものも登場し、コアな男性ファンも獲得する。当時はビジュアル面での営業戦略として、斬新なプロモーションビデオを販売する展開もしていた。


LPレコード「森高千里」の「見て」とLPレコード用額縁

1999年6月3日、俳優の江口洋介と入籍したが、翌日の会見時には妊娠から2週間目(急性腸炎で入院した際に偶然判明)という事も明らかにされた。

2000年2月に長女を出産し、同年4月のラジオのレギュラー番組終了で公の場での芸能活動は休業する。

1男1女の母である森高は、子育てを中心に雑誌の連載、ベストアルバムのレコーディングやCM出演などの活動をしている。また、2005年に発売されたテイ・トウワのアルバム『FLASH』にドラマーとして参加するなど、単発的ではあるが子育てに支障のない限りミュージシャンとしての活動も行っている。

2007年5月に自身のヒット曲「渡良瀬橋」の歌碑が足利市にある渡良瀬橋のそばに完成。また同月には日産・ラフェスタのCFソングが発表された。

2008年12月6日に事務所の後輩のシャ乱Q結成20周年記念「ハタチのシャ乱Qみんなでお祝いだ!日本武道館フェスティバル〜長いよ〜」にゲスト出演し、9年ぶりに公の場で「渡良瀬橋」(キーボードの弾き語りで披露)と「気分爽快」の2曲を歌った。

ハウスジャワカレーのCMでは夫・江口洋介と共演している。
posted by アンクル・トム | 名曲の軌跡


「THE CLASH」の「PEARL HARBOUR '79」

クラッシュ(The Clash)は、1976年 - 1986年にかけて活動した、イギリス・ロンドン出身のパンク・ロックバンドである。セックス・ピストルズと並び称されるロンドン・パンクの雄でありながら、ステレオタイプのパンク・ロックの枠にとらわれず、レゲエやダブなどの音楽的要素を貪欲に吸収し、独自の個性を確立してシーンに大きな影響を与えた。

【ザ・クラッシュ】
出身地 イングランド ロンドン
ジャンル パンク・ロック
活動期間 1976年 - 1986年
レーベル CBSレコード
メンバー
 ジョー・ストラマー (ボーカル、ギター)
 ミック・ジョーンズ (ギター、ボーカル)
 ポール・シムノン (ベース)
 トッパー・ヒードン (ドラムス)
旧メンバー
 テリー・チャイムズ (ドラムス)
 キース・レヴィン (ギター)
 ヴィンス・ホワイト (ギター)
 ニック・シェパード (ギター)
 ピート・ハワード (ドラムス)

最も成功したパンクバンドの一つであり、また、時代を象徴するロックバンドでもある。1stアルバムは音楽的にパンク色の強いものであったが、徐々にレゲエやダブ、ロカビリー、ジャズ、スカといった様々な音楽の要素を取り入れ、3rd『ロンドン・コーリング』を代表とするいわゆる普通のパンクサウンドとはかけ離れた、幅広い音楽性を持った傑作を生み出した。また、ステージ上での激しいパフォーマンスも人々に記憶されている。

彼らはその活動当初から、音楽の才能と歌詞で他のパンク・ロックバンドとは一線を画す存在であった。特にジョー・ストラマーとミック・ジョーンズによって書かれた歌詞は、情熱的かつ左翼的政治主張を強く意識した非常に主張性、論旨性の強いものであった。

その後、クラッシュは音楽性の幅を広げ、他のパンクバンドとは一線を画した作品をリリースすることになる。3rd『ロンドン・コーリング』は今までパンクをこき下ろしてきた英の音楽批評誌にも絶賛され、4thには三枚組の意欲作『サンディニスタ!』を発表。本国だけではなく米でも次代を担うバンドの一つとしての評価を確立する。


LPレコード「THE CLASH」の「PEARL HARBOUR '79」とLPレコードジャケット用額縁パールホワイト


不況、失業、社会の不平等を音楽を通じて表現していたクラッシュは、日曜ごとに集まるカリブ系移民のコミュニティに呼応し、しばしば活動をともにした。この活動がレゲエに傾倒していくきっかけになった。労働組合活動、学生運動とともに民族的マイノリティの活動は警察権力からの弾圧を受けることがあり、クラッシュも弾圧の現場に弱者の立場としてかかわっており、このことがクラッシュの国家との対決姿勢を色濃くさせている。ロックという表現が社会の変革にあるならば、クラッシュの目指したものはそこだったと言えるだろう。

posted by アンクル・トム | 名曲の軌跡


「ナッキング・コール」の「The Magic of Christmas」

ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日 - 1965年2月15日)はアメリカアラバマ州モンゴメリー生まれのジャズ・ピアニスト・歌手。 本名:ナサニエル・コール(Nathaniel Adams Coles)、「キング」は愛称。 往年のファンや洋楽通からはナッキンコールと呼ばれることが多い。

【ナット・キング・コール】

出生名 Nathaniel Adams Coles
出生 1919年3月17日
出身地 アメリカアラバマ州モンゴメリー
死没 1965年2月15日
ジャンル ジャズ
職業 歌手、ピアニスト
担当楽器 ピアノ
活動期間 1930年代-1965年
レーベル キャピトル・レコード

アラバマ州モンゴメリーで生まれ、教会オルガン奏者の母のペリーナから12歳までオルガンを習っていた。1930年代からピアニストとして活動。スウィング・ジャズ時代末期の傑出したピアニストとしての業績を残した。

「Nat King Cole Trio」
1939年に結成したトリオ「Nat King Cole Trio」での活動は有名。 ビッグバンドの時代における彼のピアノ、ギター、ベースからなる編成は革新的で、ジャズトリオのスタイルの流行となった。その間、艶のある声を買われて歌手としても活動するに至った。


LPレコード「ナッキング・コール」の「The Magic of Christmas」とLPレコードジャケット用額縁


「スターダスト(Stardust)」など古くからのスタンダード曲は、コールの歌が決定版とされるものが多い。また「ルート66」「トゥー・ヤング(Too Young)」「ホエン・アイ・フォール・イン・ラブ(When I Fall In Love)」など、コールの歌でスタンダードとなった曲も枚挙に暇がない。チャップリンの映画「モダンタイムズ」のテーマ曲(インストルメンタル)である「スマイル(Smile)」も、コールが歌詞をつけて歌った。

ポピュラー界で人気者となったコールも、1956年にはストレート・アヘッドなジャズ作品「アフター・ミッドナイト」を発表し、自分の原点を見つめ直した。1964年の「L-O-V-E(L-O-V-E)」が、生前最後の大ヒット曲となった。

BOSSコーヒー・CMソング「BOSSのテーマ」は「L-O-V-E」の替え歌


posted by アンクル・トム | 名曲の軌跡


「赤い鳥」の「竹田の子守唄」

赤い鳥(あかいとり)は、日本の音楽グループ。1969年に結成、1970年代を中心に活動し、1974年解散。

【赤い鳥】

活動期間 1969年〜1974年
メンバー
 後藤悦治郎(ギター)
 山本潤子(ボーカル、ギター)
 平山泰代(ボーカル、ピアノ)
 山本俊彦(ギター)
 大川茂(ベース)
 渡辺俊幸(ドラムス、キーボード)
旧メンバー
 松田幸一(ハーモニカ、パーカッション)
 大村憲司(ギター)
 村上“ポンタ”秀一(ドラムス)

グループ名は鈴木三重吉の童話集『赤い鳥』からとった。デビュー前は松田幸一も参加していた。1969年4月に赤い屋根の家(兵庫県尼崎市武庫之庄)コンサート開催。 1969年11月、「第3回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に関西・四国地区代表として出場。 『竹田の子守唄』、『COME AND GO WITH ME』を歌い、フォーク・ミュージック部門の第1位を獲得、他部門の優勝グループを抑え、グランプリを獲得(この時、オフコース(当時は「ジ・オフ・コース」として)、チューリップ(当時は「ザ・フォー・シンガーズ」として)も出場していた)。財津和夫はオフコースを聴いて「負けた」と思い、オフコースの小田和正は赤い鳥を聴いて「負けた」と思ったという。

1971年発売の『竹田の子守唄/翼をください』が発売3年で100万枚を突破するヒットになった。


LPレコード「赤い鳥」の「竹田の子守唄」とLPレコードジャケット用額縁

各人がボーカルを担当することができ、美しいハーモニーが魅力的なグループであった。 各地の子守唄・伝承されている歌などを美しいコーラスワークで聴かせる傍ら、トニー・マコーレイ(en:Tony_Macaulay)などの曲提供によりアルバムを発表するなどいわゆるソフトロック的な音楽性も兼ね備えていた(そのため、関西地区で結成されたグループであるが、関西フォークとは一線を画していた)。路線対立から1974年に解散。

その後、後藤・平山の夫妻は「紙ふうせん」、山本夫妻と大川は「ハイ・ファイ・セット」、渡辺は「ハミング・バード」を結成した。 紙ふうせんはフォークのあり方を追求し、ハイ・ファイ・セットは荒井由実やジャズを取り上げるなど、お洒落でポップな演奏を繰り拡げた。
posted by アンクル・トム | 名曲の軌跡